マイナーだから始めやすいオイカワ、カワムツ、ウグイ釣り
川辺でのんびり糸を垂らしながら、魚との駆け引きを楽しむ――そんな時間にちょっと憧れたことはありませんか?
実は川の小物釣りは、初心者でも気軽に始められる奥深い世界。特別な道具や難しいテクニックがなくても、工夫次第でぐっと釣果が上がるんです。
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川辺に立つと、早朝だというのに昨夜の熱気がまだ漂っている。じんわりと汗をかきながら護岸ブロックを降りると、遠くではまだ暴走族の排気音が響いていた。
薄暗い水辺。この一帯だけは別世界のように、滑らかな水音で満ちている。水面はまだ静かで、小魚たちは眠っているのだろう。スニーキングしながら川を下り、静かに竿の準備をする。
あれから1時間。すっかり魚たちも目を覚まし、ピシャンパシャンと朝食の時間になっている。そんな今、不思議なことが起きている。
いや……むしろ「知ってしまった」と言うべきかもしれない。この川では、オイカワもカワムツもウグイも、どこで竿を出しても釣れるのだ。
初めての釣りには餌釣りがおすすめな理由
気付いてしまった……
「――そんなうまい話があるか!」
誰かに怒られそうだが、実際に竿を出してみれば誰だって分かってくれるはずだ。よほど流れが強く、餌がすぐ外れてしまう場所でもない限り、3分も仕掛けを流せばツンツンとウキに反応が出る。こうなればあとは時間の問題で、大きなアタリを合わせればすぐに1匹釣れてしまう。
信じられないほど濃い魚影が、この都会の川に息づいているのだ。
そのとき、空からアオサギが舞い降りた。水面がまばゆく光り、思わず目を細める。すると、そこに立っていたのは、褐色の肌に白いブラウス、そして麦わら帽子をかぶった妙齢の女性、「釣り姉」だった。彼女は夏の化身のような装いで、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「よぅ! 鯉太郎青年!」
「釣り姉!」
彼女はただの釣り仲間ではない。
アオサギから変化するその存在は、人知の及ばぬ力を帯びているのに、オレたちの会話はどこまでも自然体だ。釣り人に、国境も人種も関係ない。
だからこそ、オレは釣りの先輩である彼女の言葉に、耳を傾けずにはいられないのだ。
釣りは釣れる季節に
空はすっかり真っ青になり、河原にはそよ風が吹き始めていた。今日も暑くなりそうで、二人は逃げるように橋の下へ入ると、意外なほどの日陰と反響する水音が心地よい。
二人でコンクリートの壁に寄りかかると、いつもの釣り談義が始まった。
「どうにもおかしいんだ!」
今まさに起きている不思議な出来事を説明していると、涼しい川風が釣り姉の麦わら帽子を揺らす。ふと、大きな瞳と視線が合い、彼女はにやりと笑った。
「それは青年の釣りが上手になったからさ!」
唐突な断言に、オレの頬が緩む。だが、それを見逃さず釣り姉はすぐさま指摘してきた。
「ほら釣れた。あはははっ、顔に出てるぞ」
悔しいけれど、うれしい。
胸の奥にじんわり温かさが広がる。だが、余韻に浸る間もなく彼女は話を続けた。
「さて、餌で川の小物を釣る場合、最大の敵は自分自身。竿の振り方、仕掛けの扱い方、餌の付け方やオモリの乗せ方……慣れれば誰でも釣れるようになる」
「ん?」
どうにも、話の雲行きが怪しい。
……もしかして持ち上げてから、落とされたのか!?
「それって、そもそも簡単な釣りだってこと? オレが初心者だから釣れなかったって言いたいの?」
釣り姉は空を仰ぎ、少し間を置いてから口を開いた。
「そうじゃないさ。最後まで、よく聞いてほしい」
薄暗い橋の下、彼女は胸にかかった長い髪を手で払うと、ゆっくりと語り始めた。
「そもそも、この釣りは不人気な釣りなのさ。だって、オイカワもウグイもカワムツも、食べれることを知っている人が少ないだろ」
――たしかに。
川の小魚は小骨が多いとか、臭いがきついとか、寄生虫がいるとも言われている。
とはいえ、唐揚げに天ぷら、さら南蛮漬け。どれも美味しいはずなのだが……。
「さらにな、サイズが小さいってだけで敬遠する釣り人も多いのさ。海に行けば、簡単にこれ以上のサイズの魚がわんさかいるし、同じ淡水でもアユに渓流魚、さらにブラックバスにヘラブナとライバルが多いからね」
……だが、オレはこの釣りがつまらないとは到底思えない。
「でも……食べられなかったら、小さかったら、つまらなくて釣らないの? 竿は弓のようにしなるし、棚や居着いている流れを探すのは奥深いし、何よりいっぱい釣れて一日中楽しめるのに?」
「そうだよな? だから、ここは逆に考えてほしい。不人気だからこそライバルが少ない。ゆえに魚も釣り人という存在を学習していない。今、この釣りをしている人は非常に恵まれた環境にあるんだ。嘘だと思ったら、他の釣りや釣り場を一度見てみるといいさ!」
なるほど。たしかに、国内全人口の/10以上が集う大都市圏、その群衆が釣り場に集まればどうなるか……。だから、ものは考えようだ。
「とにもかくにも、釣り場の状況がいい。だから、青年みたいな釣り初心者でも釣れるってわけさ。でもアタシが言いたいのはそういうことじゃなくてね」
釣り姉は麦わら帽子を外すと、深く息を吐いた。
「青年はしっかりと釣果の上がる季節、時間、場所、釣り方を選べている。これって、とても大切な釣りの"技術"なんだよ。だから腕が上がったと、さっき言ったわけさ」
夏の朝マズメ。近所の小川。
こんなにも延べ竿の餌釣りにハマるとは思わなかった。
最初は、チャビング(川の小物ルアー)の練習のつもりだったのだが……。
何もかも、釣れすぎてしまうのが悪い。
ブルブルと響くあの釣り応え、満月のようにしなる延べ竿、一対一のファイトでネットイン出来た時の歓喜が、脳裏に刻まれて四六時中釣りのことを考えるようになってしまったのだ。
※
川の小物釣りは、6~10月の朝マズメ・夕マヅメがおすすめです。ライズがある場所や、その付近のトロ場や淵、平瀬に竿を出してみましょう。水深30cm程度、緩やかな流れがあるところなら、その魚体を見せてくれるはずです。
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| ・コーンに釣られたカワムツ。口のサイズと餌の大きさが合っていない。 |
餌釣りは寄せて食わせる釣り方
7時近くになり、河原は白く輝き熱気を帯び始めていた。時折、頭上から通勤中と思われる飛ばし気味の車の音が聞こえるが、それ以外の音は、蝉の声が頭上から降りそそぎ、すべてをかき消している。高架下の川は黒く透き通り、外とは別世界の静寂を保っていた。
その中で、オレと釣り姉だけの声がこだまする。
彼女は軽やかに仕掛けを動かしながら、小袋を取り出してオレに見せる。
「さて、釣りやすい理由は他にもあるんだ。もう1つの大きな理由は、餌が魚を集めることなんだ」
「餌のおかげ?」
「そう、特に練り餌だね!」
オレの声には驚きと半信半疑が入り混じっていた。
「練り餌は水中で崩れて香りを放つ。その香りが下流に流れ、魚たちを呼び寄せるんだ。寄せ餌の役割を兼ねるってわけさ」
彼女の説明は理路整然としていて、聞いているうちに心がざわめいた。
「もしかして、寄せ餌として使えば同じような効果がある?」
「もちろん。付け餌用を寄せ餌にしてもいいし、専用品を使ってもいい。自分で作る人もいるくらいだ。ただな、最盛期なら、それがなくても1時間で20匹くらい釣れるんだ」
「なら、無理に使わなくてもいい? それに……」
香り……その言葉に、オレはふと過去のことを思い出した。イカの塩辛を食べたとき、汁が服に落ちて、しつこい臭いがなかなか消えなかったのだ。
「もしかして、練り餌じゃなくても、例えばイカの塩辛とか、臭いの強い餌でもいいの?」
「もちろんさ。強い匂いがあれば魚は寄ってくる。塩辛は試したことないけど、コーンとかイカタンでも釣果は出る。ただ、アタシの感覚だけど、コイ科の魚は甘いものを好むから、イカタンよりコーンに軍配かな。とはいえ、自然に水に溶ける練り餌の方が寄せる力はあるかなぁ……」
彼女の言葉に感心しながら頷くと、さらに解説が続いた。
「そんなわけで、餌釣りは寄せてから食わせる一石二鳥の釣法だ。だからこそ、ルアーやフライとは違って、ポイント選びに独特の特徴……というより余裕が生まれる」
「え? どういうことですか?」
「青年なら、この川のどこを狙う?」
オレは少し考えてから指を伸ばす。
「うーん……あそこのトロ場とか、目の前の淵かな。平瀬でもいいけど、トロ場に近いトロ瀬って感じの場所がいい。もちろん流心は狙わず、穏やかな瀬脇が釣りやすいと思う」
「どうしてだい?」
「どうしてって……」
再び問われ、オレは息をつぎつぎに吐き出すように答える。
「練り餌は柔らかくてすぐ外れるし、流れが速いとオモリを重く、大きくしなきゃならない。そうなるとウキも大きくなって、アタリが分かりづらいし、仕掛けを自然に流せなくなる。だから釣果も落ちるような気がするんだ」
釣り姉は満足そうに頷き、口元に微笑を浮かべた。
「つまり青年の言ったことを言い換えれば、仕掛けの流し方も“餌を持たせること”を重視する流し方ってことだよな。これが餌釣り独特の選び方なのさ。魚を餌で引っ張り出しているってわけだね」
「なるほど……」
「でも、実際は、そういったポイントの魚影は薄い。フライやルアーをやればすぐわかるはずさ」
「えっ!?」
「でも餌釣りなら、香りで魚を呼び寄せ、その場で食わせて釣れる。餌のためのポイント選びちょっと気を使うが、魚がいるポイント探しは、実はそこまでシビアじゃないのさ!」
川風が強く吹き、二人の間に一瞬の沈黙が落ちた。その静けさは、水面に揺れる光と共に、釣りの奥深さをじわりとオレの心に刻みつけていった。
「とにもかくにも、川の小物はライバルが少ないから良い条件で釣りができるし、餌自体に強い誘因性があるから釣果も出しやすい。となれば……」
「オレみたいな初心者が釣りを始めるならもってこいってこと?」
「そうじゃない。この釣りなら、だれもが恵まれた環境で釣りがうまくなるチャンスと、好きになるチャンスがあるってことさ」
現実に戻る時
橋の下から土手の上の道を覗くと、通学の自転車が増えてきた。日が昇ったせいか風がやや強まり、次第に話し声もかき消されていく。そろそろ釣り談義も解散の時間のようだ。
「鯉太郎、アタシはそろそろ帰るよ」
アオサギの姿に変わると、釣り姉は橋の下を飛びぬけて大空へと去っていった。
あたりには黒と白の羽が数枚だけ残されていた。
「そうだ! 延べ竿でライントラブルを解決する方法については、今度話そう!」
鳥の後ろ姿を見つめていると、不意に声をかけられた気がした。
声を出してももう届かない距離に行ってしまったので、体を揺らすように大きく頷くと、笑い声が返ってきたような気がした。
まとめ
川釣りを始めてみたいけれど、「道具も知識もないし、仕掛けが複雑で難しそう」と感じている方は多いのではないでしょうか。けれど実際のところ、小物釣りの世界は思ったよりもずっとやさしく、初心者でもしっかり釣果を出せる奥深さがあります。
その理由のひとつが「餌」の力です。特に練り餌は水中でほろりと崩れ、香りを漂わせることで魚を呼び寄せます。つまり付け餌でありながら寄せ餌としての役割も果たしてくれる、一石二鳥の優れものなのです。
魚が自分から集まってきてくれるとなれば、仕掛けを流すポイントの選び方にも自然と余裕と工夫が生まれます。流れが穏やかで餌が外れにくい場所を選ぶことが釣果につながるのです。
また、練り餌以外にもコーンやイカタンなど、市販の餌や食材で試すこともできます。コイ科の魚は甘い味を好む傾向があるため、コーンが意外なほど活躍する場面も。強い匂いのある餌なら魚は寄ってきやすいですが、水に溶けやすい練り餌は特に集魚力が高いといわれています。こうした餌選びの工夫も、川釣りの楽しみのひとつでしょう。
さらに、川の小物釣りはライバルが少なく、自然の中でのびのびと竿を出せるのも魅力です。特別な場所に出向かなくても、身近な川で十分に釣果を得られることも少なくありません。短時間でも結果が出やすいため、初心者はもちろん、経験者にとっても気軽に挑戦できる釣り方なのです。
道具やテクニックに悩むよりも、まずはシンプルな仕掛けと餌で試してみること。それだけで思いがけない出会いや発見が待っているのが川釣りの醍醐味です。餌の特性を理解して工夫を加えることで、誰もが釣りの奥深さを実感できるはず。ぜひ、気軽に川辺へ足を運んでみてください。きっと新しい世界が広がるかも?


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