ウキ釣りのカギはやはりウキ
釣りの楽しさは、ただ魚を釣るだけではありません。ウキがピクリと動く瞬間、川面の小さな変化に気づく感覚――それを生み出すのが、ウキとオモリの絶妙なバランスです。
軽すぎても重すぎても、アタリは見逃してしまう。今日は、その微妙な調整について、ストーリーでわかりやすく解説します。
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水面は朝の光を鏡のように反射し、時おり流れに砕けて細かな光の粒を散らしていた。6時だというのに渡る風は蒸し暑く、歩くたびにアシがまとわりつき、イライラを募らせる。
釣れない。ウキがピクリとも動かない。
目ぼしいポイントをいくつか回ったが、じわじわと焦りが積もっていくばかりだ。
朝マズメを迎えてから、すでに一時間半は過ぎている。あちこちでオイカワのライズが上がり、魚が最も活発になる時間帯のはずだ。
しかし、ウキはただ川面を滑らかに流れ続けるだけで、一度たりとも揺れることも沈むこともない。
「今日はどうしたっていうんだ?」
ウキが反応しない原因はオモリ?
沈黙のウキ
餌がダメなのか?
ソーセージをやめて市販の餌をつけ、仕掛けを振り込んでみる。
道糸の長さ分だけ流し切ると、ウキが糸に引っ張られ扇状にカーブし始めたので、仕方なく回収する。
――そんな一連の動作を、もう何十回も繰り返してきた。
最初は不慣れだった手順も、いつしか淀みなく、まるで機械のように体が動くようになった。釣果はゼロ。目の前ではオイカワが盛んに踊り狂っているというのに、川はまるで死んだように沈黙している。
明らかにおかしい――。
喉の奥に小骨が刺さったようなじれったい感覚を抱えながら、物は試しと仕掛けを途中で引き上げてみた。
その瞬間、竿が唐突に重くなる。
「根掛かりか!?」
そう思ったのも束の間……
――ブルン!
細いグラス竿の穂先が大きくしなり、ブルブルと生きた振動が手元へ伝わってきた。水面下で銀色の何かがもがいている。
慎重に引き寄せ、ネットイン。15センチほどのウグイ、良型だ。
大急ぎでグリーンのバーブレスフックを丁寧に外し、ネットごと川に入れると、ウグイはスッと住処へと戻っていった。
ここでやっと、今日初めての釣果に感無量となる。
喉が熱くなり、視界がかすむ。こんなに小さくても、引きごたえと達成感があるなんて、川の小物釣りを始めるまで夢にも思わなかった。
……だが、胸の奥に別の疑問が浮かぶ。
「もしかして、ウキが機能していない!?」
ウキ・オモリの選択も駆け引きの1つ
失った時間がずしりと背中にのしかかる。しかし、ウキを手に取ってまじまじと眺めても、割れや傷、糸の絡みは見当たらない。にもかかわらず、あの沈黙。
「このウキが安物でダメなのか!?」
小さく呟くと、緊張と苛立ちで、持つ手がわなわなと震えた。
その時、南の空から純白の影が川に舞い降りてくるのが見えた。長く細い脚、風を裂く翼、そして黒いライン――アオサギだ。スラリとした足を丁寧に折り曲げて着地姿勢になると、途端にアシの生い茂る河原に疾風が走り、羽根が舞い散って陽を受け、一瞬だけ光り輝いた。
ゆっくりとまぶたを開けると、そこにはいつぞやの白いブラウスに麦わら帽子姿の妙齢の女性が立っていた。
「よぉ! 鯉太郎青年!」
「あっ! 釣り姉(ねぇ)!」
ロングヘアに褐色の肌、端正な顔立ちから想像もできないほど、きゅっと顔を皺寄せると愛くるしい笑顔となる。
吸い寄せられるような魅力に、この際彼女の正体などうでもよくなった。
「どうだい? 釣れてるかい?」
「それが……」
一瞬ためらったが、ウキが全く反応しないまま魚が釣れたことを話すと、今日も彼女は小麦色に焼けた腕を組み、ため息をつて首を振る。
「あー、そりゃウキがでかすぎるかもしれないなー」
「それはオレも考えました。でも専用のセット品とはいえ有名メーカーのものだし……」
すると、麦わら帽子の下にある大きな目が細まる。
そしてしばらく無言になった後、彼女は口を開いた。
「なら、オモリが軽すぎるんだろうな?」
「でも、有名メーカーのものですよ? んなことあるんですか?」
そう反論した途端、彼女は手で――
――パシッ!
「い゛でっ!!」
思い切り二の腕を叩かれた。鋭い痛みとひりひりとした熱感。
さらに釣り姉はオレを睨み上げる。
「あんた、釣りを何だと思ってるんだい? 相手だって生死を懸けて餌を食べに来るんだよ?」
はっとした。
今までオレは、メーカーの仕掛け、釣り方という教科書、釣れるという口コミを信じ切っていた。それは全部、人間の都合でしかない。
だとしたら……
「あーあ、魚の言葉が、もし分かればなぁ……」
「アッハッハ! だからこそ、想像力を働かせるんだよ」
言葉は突き刺さったが、彼女の顔を見ると、いつの間にか優しい目に変わっていた。
「もし、魚が口を使ってもウキが反応しないとなれば、サイズが小さいか、スレているかじゃないか? だとしたら、ここは程よく流れもあるし、水深もあるし、なによりアシのカバーがいい感じじゃないか! きっと……」
「大物がうんといるはずなんだ!!」
「あたしも同感だ。だけどね、そう思う人は青年だけじゃないんだよ?」
そう言って目をつむり、首を振ってから、足元にある小さなゴミをつまんで見せた。
「これは?」
「他の釣り人が残した、練り餌の袋の切れ端さ。ここはね、釣り人が頻繁に入るポイントなんだ。となれば、魚はどんな気持ちだい?」
――あぁ、そうか。
「ここにいる魚は釣られた経験が多くて、慎重に餌を食べるようになる、というわけですね?」
「よくわかったじゃないかい!」
![]() |
| ・玉ウキと一口に言ってもこれだけのサイズがある |
オモリも重くするか? ウキを軽くするか?
「でも、どうすれば?」
「簡単なことさ。オモリを重くするんだ」
「でも、本当に、そんな簡単なことで解決できるんですか?」
「まぁ、今は魚がスレて口を使わないとか、小さくてアタリが微弱だとかは一回忘れるんだね。そうだね……相手の引く力が弱い、そう思うだけで十分だよ。だって、魚のスレばっかりは、人間側じゃどうにもできないからね」
たしかにそうかもしれない。
今は、これ以上悪化させないぐらいしか、魚に対してできることがない。
「でも、最初に言ってたみたいに、ウキが大き過ぎるということはない?」
「アハハッ! もちろんウキを小さくしてもいい。だが、小さなウキには軽いオモリしか乗せられない。ラインに重さが掛からないからトラブルも起きやすい。鯉太郎青年に扱えるかな?」
「オレだって……!!」
鼻で笑う釣り姉。それがなんだか挑戦状を突きつけられたみたいで、心底腹が立つ。
だが、そのことなど意に介さず、話を続ける。
「アッハハ、やめとけやめとけ! 糸が絡めば、時間はあっという間に消えていくものさ。まずはまぐれじゃなくて、狙って釣れるようになってからだ」
――それはそうかもしれない。
ラインの絡みは10分単位で時間を消し飛ばす。
もし、不慣れなことをしてライントラブルが頻発すれば、それこそ釣りどころではなくなる。
「はーい……」
精一杯の不貞腐れた声で返答するぐらいしかできなかった。
すると、彼女はにんまりと笑ってから、ウエストポーチに手を突っ込み、何かを探し始めた。
「あーっと、この辺に入れておいたはずなんだけどなー」
しばらくじゃらじゃらと音を立てた後、無数のガン玉やナス型オモリを取り出してみせた。
オレは知っている。
釣り姉が人ならざるものであることを。
彼女に初めて出会ったのは、不注意で仕掛けを流してしまったのがきっかけだった。
あの時のように、どういうわけか人間の使った道具を集め、こうして持ち歩いているのだ。
彼女はいくつかのBB弾より小さなオモリを薬入れのようなケースにパラパラと入れると、それを手渡してきた。
「ガン玉8号~6号をいくつか入れておいた。使うといい」
「でも、どうやって使えば……?」
「組み合わせてもいいし、大きなものを一つ使ってもいい。特にこだわりがなければ、難しく考えなくていい」
「そうじゃなくて……! あーっと、どうやってウキに適した重さにすれば?」
そんなことも知らないのかと言わんばかりの、きょとんとした顔をしている。
オレだってこんなことは聞きたくはない。
だが、そんなことは説明書のどこにも書いていないし、もっと言えば、竿についている仕掛けのガン玉は最初からついていたものだ。
だから、ガン玉だと言われて手渡されても、付け方はまだしも、適正な重さなんて皆目見当がつかない。
「ンハハハッ! そこからかい! まぁ人によってそれぞれだが、乗せすぎればウキが沈む。軽すぎればアタリがわからない」
「じゃあ、釣り姉はどうしてるの?」
「あたし? あたしはね、敏感なのが好きだから、ウキの肩がギリギリ見えるぐらいだねぇ。それぐらい浮力を殺せば、アタリを取るには十分だからね」
「でもあんまり沈めたら、今度は見えなくなるような気が……」
「ウッハハ! まだ若いんだろう青年? なら、目もいいはずだろっ!」
そう言うと、釣り姉は再び白い光とともに白のボディに漆黒のラインが走る鳥となり、青空へと舞い上がって行った。
![]() |
| ・浮力を抑えれば感度は上がる |
ウキの感度はオモリとの組み合わせ次第
川面は再び静まり返っていたが、オレの胸は高鳴りでいっぱいだった。
釣り姉のことではない。ウキのことだ。
今目の前に妙齢の褐色美人がいたというのに、ドキドキの対象は魚に対してなのだから、自分に宿る釣り人としての気質が本当に嫌になる。
手を震わせながら言われた通りに、さっそく試してみる。
するとどうだろう、今まで無反応だった川が、生き物の鼓動を取り戻したかのように騒ぎ始める。
何回か送り込むと、流れに乗った玉ウキがポコン、ポコンと小さく弾む。そこからある一点でスーッと水面下へ吸い込まれていく。
咄嗟に竿を立てると、クン、とした確かな手ごたえ。
これだ。
求めていたのは、このウキの感度。
偶然じゃない。狙って釣ったんだ。
川の匂いが一段と濃く感じられ、手の中で竿が魚の一挙手一投足を伝えてくる。
あふれ出すアドレナリン。笑みを抑えきれなかった。
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| ・ガン玉は2~3種類あれば、なんとかなる |
まとめ
釣りをする上で、ウキとオモリのバランスは非常に重要です。
ウキは魚のアタリを感知するためのセンサーそのもので、オモリの重さによってその感度は大きく変わります。
オモリが軽すぎるとウキは水面でふわふわと浮き、魚が小さなアタリを出してもウキがほとんど動かず、反応を見逃してしまうことがあります。一方でオモリが重すぎるとウキが沈みがちになり、これもアタリを読み取りにくくなる原因になります。
理想的なのは、ウキが水面に軽く浮いた状態で、魚が触れるだけで微妙に沈んだり揺れたりする組み合わせです。そのためには、ウキの浮力とオモリの重量のバランスを丁寧に調整する必要があります。
ストーリーの通り、大きなウキには重めのオモリを、小さなウキには軽めのオモリを組み合わせて、感度と浮力を確保します。双方とも一長一短がありますが、ウキの浮かび方や流れ方、狙う深さ(タナ)など複数の要素が相まるため、一概には言えない奥深さがあります。
また、ストーリーでは触れませんでしたが、オモリの配置や数も感度に影響します。
ガン玉などの小さなオモリを並べるようにセットすると、仕掛け全体の動きが安定し、ウキが過敏になりつつも魚の反応を的確に捉えられるようになります。
しかし、仕掛けの中に複数の重量物があるということは、それだけ絡まりやすく、扱いは難しくなります。
基本的には1~3つ組み合わせるだけで十分ですが、何十匹と釣る目的や、極端に魚がスレていない場合は調整が必要です。
(この話は、いつか詳しく書きたいと思います)
とにかく、ウキの浮力、感度、流れ方は、ウキ釣りにおける駆け引きの一つです。
海のフカセ釣りのように、ウキが静かに川の流れと同調し、餌を魚に食わせ、アタリを正確に伝えてくれるかどうかは、このバランス次第だといえます。
この基本を理解しておくだけで、釣果に大きな差が出るはずです。




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