川の小物釣りのウキはマーカーであり道しるべでもある
川の小物釣りで欠かせないのが、小さな「ウキ」です。
ただの目印と思われがちですが、実は流れの速さや深さに合わせてエサを運ぶ、とても大切な役割を持っています。川の表情を映し出すウキの動きを知れば、釣りの面白さがぐんと広がっていくはずです。
今回は、小物釣り初心者さんでもわかる、川の流れの読み方をストーリーで紹介したいと思います。
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夜明けの空は、まだ淡い群青の名残を抱きながら、東の端にじんわりと朱色を滲ませていた。
ひんやりとした朝の空気の中、自転車のペダルを軽快に踏む。川まではほんの5分。大通りを渡り、静かな住宅街を抜ければ、そこに近所の麗しき大自然が広がっている。
ウキは流し流される
夏の河原
小継のグラス竿と道具箱を抱えて薄暗い河原に降りると、到着するなり深呼吸をした。
ふわっと薫る湿った草の匂いと、川面を渡る霧に交じる苔の匂い。夜明けとともに家を出るようになって、すっかりこの日課に心を奪われてしまった。
最初にウグイが掛かったときの感覚が、いまもブルブルと掌に残っている。あの一匹がオレを釣りの虜にしたのだ。
仕掛けにウキとガン玉を取り付け、餌の準備をしていると、一日の始まりを知らせる太陽の顔が水面に映る。だが、今日一日を釣りに費やすつもりはない。今から二時間も竿を出せば、十分に釣果が得られるのがこの川の魅力だ。
だからこそ、今日も期待に胸をふくらませている。
乗らないアタリ
12尺の竿を肩に担ぎ、白い河原をゆっくり歩く。
全長五百メートル、幅十メートルほどの小さな河原。その中で今日選んだポイントは淵だ。直前にある荒瀬は、名のごとく白く立つ波とあまたの水泡を生み、オレの前にある淵へと轟音とともに注ぎ込んでいる。
この流れの速く波立つ瀬の最後──瀬尻に仕掛けを入れ、プールのように広がった淵へと仕掛けを通す。それが今日の作戦だ。
そうすれば、気付かれずに餌を投下でき、魚たちが定着している淵へエサを流し込めるからだ。
東の空から差し込む光が、正面のマンションの背中に当たり、ぼんやりと河原を照らすと……
――パシャン♪ ピシャン♪
目の前の水面に無数のライズの輪が広がり始めた。小魚たちが水面を破り、朝マズメの訪れを告げているのだ。千載一遇のチャンスに震えながら周囲をうかがうと、ライバルは一匹のみ。下流百メートル先でアオサギが静かに翼を広げ、小魚を狙うだけ。
ポイントの独り占めだ。
震える手でエサを付け、仕掛けを送り込むと、オレンジ色の玉ウキがチャポン、ピクンと、まるで踊るように揺れて川を下っていく。
やはり魚はすでに集まっている。そろそろ大きなアタリがあるに違いない。
「あとはもう一押し何かがあれば……」
一言つぶやいてから餌を付け直し、流す位置を一メートル奥へずらす。すると──
スーーーーッ……。
玉ウキが淵の始まりで吸い込まれるように沈んだ。
「今だ!!」
バッと右腕を上げて竿を立てる。しかし、仕掛けはむなしく空を切り、後ろへと飛んでいくだけ。魚の姿など毛頭ない。気を取り直して、もう一度同じ筋へ仕掛けを送り込む。
スーーーーッ……。
「やっぱり!」
大合わせで再び竿を振るが、またしても掛からない。焦りと悔しさが入り混じる。それでも諦めきれず、何度も何度も仕掛けを流しては、同じアタリと同じ空振りを繰り返す。
そして、一つ気が付いた。
「これって……もしかして?」
![]() |
| ・気が付いたらウキが山のように集まってた……ということも |
吸い込まれるは川の流れ?口の中?
サワサワサワ……。
下流のアシ原が風に揺れ始めた。
ビューッ!!
目の前を南風が吹き抜けると、土埃が巻き上がり、水面を白くざわめかせる。サファリハットのつばがパタパタと暴れるので、飛ばされないよう手で押さえ、身をかがめると勢いはさらに強くなり、水面が音を立てて暴れ始める。
やがて、風が収まり、ゆっくりと立ち上がると──
「やぁ! 鯉太郎青年!」
「……あっ、釣り姉(ねぇ)!」
聞き慣れた声に振り向く。そこにいたのは釣り姉だった。
白いブラウスに麦わら帽子、褐色に焼けた肌が健康的で、黒髪のロングが風に流れて美しい。妙齢の麗しい女性だが、どこか人ならざる雰囲気を纏っている。
だが、オレにはわかる。彼女の正体は、この川に棲む大鳥の化身なのだと。
だが、大好きになった釣りのことを教えてくれるなら、この際どうでもいい。
オレはとやかく言うつもりもないし、彼女も言うつもりもない。
なら、それでいいじゃないか……と。
そんなことを知ってか知らずか、釣り姉はいつも通り声を掛けてきた。
「さっきから大アワセを何度もしてるけど、いったいどうしたんだい?」
やはり、下流から見られていたようだ。
ならばと事情を話すと、釣り姉は大きく頷いた。
「それは、川の流れに騙されてるのかもね? いま餌を流してる淵の肩、見たところ流れが複雑だよ」
「やっぱり!!」
そう言うと、彼女は瀬尻から淵尻までじっと見渡したので、同じく視線を重ねる。
太陽は少し高く上り、先ほどと打って変わり、水面はコバルトブルーを湛え、つぶさに水の糸の動きが分かる。瀬では波が規則正しく立っている。瀬尻を抜け淵に入った途端、白泡は消え、一見滑らかに見えるのだが、よく見ると、水は斜め横に複雑なラインを描き、渦を巻いていた。
「こういう場所ではね、ときに流れが川底に向かって沈んでることがある。ウキがそこを通れば……」
「魚が食ってなくてもアタリが出るって? やっぱり、オレ、騙されてたんだなぁ」
苦笑すると、釣り姉は片眉を上げた。
「まぁ、待ちな。もしかすると、本当に大きな魚がいるかもしれない。そういうやつは神経質だから、餌を丸呑みせず、少しずつちぎるように食べる。だから合わせても空振りになることがあるのさ」
とは言え、本当に魚がいるかいないか、調べる術はウキしかない。
「うーん、じゃあどうしたら?」
「とりあえず、こうするのさ!」
彼女は右手から竿を奪い、餌を外して軽やかに振り込んだ。ウキは、先ほど反応があった筋を流れるが……
「わっ! 反応しない!」
「うはは! ってことは、餌を引っ張ってる魚がいるんだね~」
「えぇえぇぇ!? ってことはオレが悪いの?」
「まっ、そんなところだね。おそらく合わせ方が悪いだろうね。でも、アタリが出る場所がわかってるなら、タイミングを変えながら合わせてみたらどうだい?」
そう言い残し、彼女は軽やかにジャンプした。再び強烈な川風が舞い、顔や腕を押さえて細目で周囲をうかがうと、彼女がいたはずの足元に残されていたのはグレーの羽一枚だった。
![]() |
| ・カーブの外側は流れが複雑なこともある |
失敗の先にあるもの
それから十五分。アタリは相変わらずあるが、日が高く上ると同時に弱まってきた。魚が警戒しているのだ。次が最後のチャンスだろう。
スーーーッ……。
ウキがゆっくりと沈んでいく。息を止める間もなく、竿を構え、迷いを振り切ってスパンッと合わせを入れた。
手に鈍重な衝撃が走ると、水中で銀鱗が走る。暴れる竿を両手で必死に押さえると、魚はジャンプして美しい姿を見せた。
「オイカワだ!」
手網に収まったのは、鮮やかな体色のオイカワだった。腹にかすかな婚姻色が浮かび、朝日に照らされてきらめいている。
小さいながらも、ここまでオレを翻弄した立派な相手だ。悔しさも、焦りも、今はただ喜びに溶けていく。
再度川を見て、空を仰ぎ、帽子を脱ぎ一礼する。そこに釣り姉の姿はもうない。
ただ、遠くの空に白い鳥影が一つ、ゆったりと旋回していた。
まとめ
最後に、ストーリーをまとめつつ、書けなかったことを補足しながら話を終えたいと思います。
オイカワ、ウグイ、カワムツの川の小物釣りのカギは「ウキ」にあります。
竿先から伸びた仕掛けの途中に付ける小さな浮き具ですが、実はこれはただの目印ではありません。
たしかに、流れる川の中で魚がエサをついばんだ瞬間を知らせてくれる大切な役割を持っていますが、どの流れを、どの速度で、どの深さに――ルアーにおける「レンジ・スピード・アクション」と同じく、エサの動かし方を担うキモとなっています。
川は池や湖と違い、水が常に流れているため、水の速さや深さによってウキの使い方も大きく変わります。
川の流れは一見すると単調に見えますが、よく観察すると早瀬や緩やかな流れ、淀みなど、場所によってまったく違った表情をしています。そのため、同じウキでも軽さや大きさによって釣果が大きく変わってきます。
一般的には流れの速い場所では、大きなウキに重いオモリを乗せ、流れが穏やかな場所では、小さくて敏感に反応するタイプが良いと言われています。これは前者は川底の流れに同調させやすく、後者はすでに同調させやすいので感度の高いものが好まれるからです。
とはいえ、わざらしく流れから逸らして誘ってみたら反応が出ることや、ピンポイントで振り込むと落ちパクで出てくることもあり、実は同調ばかりが全てはないのですが……長くなりそうなので今回は割愛します。
とにもかくにも、ウキは人間側が意図的に流し、仕掛けを水に溶け込ませるものですが、コントロールできなければただ浮いているだけの人工物であり、川の表面の流れを表すだけの不自然な物体に成り果てます。
瀬では早く流れているので、オモリなしではエサを高速に引っ張ってしまいますし、今回のストーリーのような淵の近くでは下方向の流れがあり、浮力が不足していればウキが沈んでしまうこともあるのです。
これでは釣りになりませんよね。
そのため、適宜オモリを増やしたり減らしたり、時にはウキを変えつつ、最高の流し方を求めていくのが、このタイプのウキ釣りの最重要ポイントだと言えるでしょう。



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