都市部だからこそ、エサに気を付けたい
川辺に立つと、キラキラ光る水面を泳ぐ小魚たちの姿に目を奪われませんか?
特にオイカワ、ウグイ、カワムツは、身近な川でも気軽に出会える人気のターゲット。
小さな体ながらも元気いっぱいに泳ぎ、ハリに掛かったときの手応えは想像以上です。
そんな彼らを釣るには「餌選び」がちょっと重要。工夫で釣果が大きく変わるのです。
今回は、ストーリーでやさしく紹介したいと思います。
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朝の川辺は、まだ眠りから覚めきれていない。淡い靄が水面を覆い、静かなせせらぎだけが響いている。
ポケットから取り出したソーセージを小さくちぎり、針に刺した。安上がりで手軽、これで釣れるのだから儲けものだ。
だが、今日は待てど暮らせど、ウキは沈み込まない。わずかに揺れるだけで、魚が触った気配すらない。
「……どうしてだ? 一週間前はこれで釣れていただろう?」
口から漏れた声は、自嘲にも似ていた。
仕方がないので、エサを付け直す。
「もしかすると、指先でちぎっただけでは大きすぎるのかもしれない」
ソーセージをタックルボックスの上に置き直し、ピンオンリールの先に取り付けたハサミで試しに一つだけ丁寧に賽の目にカット。仕掛けを寄せて、一粒つけて流してみる。
ポコン……ポコン……
と今までになかった反応を見せ、ゆるりと川を下っていく玉ウキ。
魚の評判は上々のようだ。
身近なエサもいいけれど、初心者ならまずは練り餌を試してほしい
猫にエサを奪われる
少々手を入れただけで、生じた大きな変化に大きく満足し、深く呼吸して空を見上げ、背伸びをした……のだが。
――カサリ
そのとき、不意に横で音がした。目をやるようにタックルボックスを見ると、置いていたはずのソーセージがない! 慌てて背後を見ると、長い尻尾の黒い影がアシの草むらへと消えていく。野良猫だ。
「あっ! 返してよ!」
と叫んでも虚しい。袋をくわえた猫は草むらへ消え行ってしまったきり、二度と現れることはなかった。
これからというときに、エサまで奪われるという大失態。
ため息をつき、水面を見つめる。川は何事もなかったかのように流れ続けていた。
「魚どころか猫に遊ばれているなんて」
と俯きながらひとり呟くと、鋭い南風が河原を駆け抜けていく。
そして、あたりをふわりと漂うグレーの羽。
「よっ! 鯉太郎!」
「釣り姉(つりねえ)っ!?」
と、ふざけながらも明るいトーンで声をかけられたので、顔を上げるとそこには釣り姉が立っていた。
ロングヘアに白のブラウス、褐色の肌。
妙齢の彼女が、薄笑いを浮かべてオレの目を見つめている。
「うはははっ! ソーセージで釣れない挙句、猫に取られるなんて、冗談みたいね」
「うわっ、見てたのかよ!」
「そもそもだ、鯉太青年みたいな初心者ちゃんが、なんでまたソーセージなんて物を付けエサにしてるんだい?」
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| 食いしん坊な性格のカワムツなら、 エサさえ鼻先をかすめればチャンスはあるはず。 |
都市部の釣り人にとって最大の問題は?
「だって、雑食性の魚なんだろ? オイカワ、ウグイ、カワムツはコイ科の魚って?」
空はすっかり明るくなり、川辺に虫の声が混じり始める。
釣り姉は返答を聞き終えると、持っていたショルダーバッグを広げ、ガサゴソと真剣な眼差しで中を探り始めた。
だが、オレは不満を隠せず、思わず問いかける。
「ごはん粒とかソーセージでも釣れるから、エサなんかわざわざ用意しなくていいって、オレ聞いたんだ!」
すると、彼女は手を止め、軽く鼻で笑った。
「たしかに、そう言い切る玄人もいる。でも、鯉太郎はまだまだ初心者じゃないか? それに、そういったエサじゃ匂いが弱いから、魚が寄ってこないはずさ。ルアーやフライと違って、オイカワのエサ釣りは寄せる釣り。大切なのは香りだよ」
冷静な口調だが、その一言一言は鋭く刺さる。
黙って耳を傾けると、釣り姉は手から竿を奪い、それを使って川の上流、下流を指さした。
「しかも、ここいらの釣り人は達は、みーんな同じことを考えるはずさ。簡単なエサでサクッと釣りたいってね!」
「えぇぇ!?」
「ほら、よく見てごらん? 日曜日の朝一番、青年のライバルは何人いるんだい?」
「えーっと、ひい、ふう、みい、オレを含めてざっと六人だね」
「だろ? 田舎ならともかく、ここいら都市部では、釣り人も多いのさ。何度も釣られてリリースされれば、魚だって賢くなる。ごはん粒だソーセージだなんて、そんなエサじゃ見向きもしなくなるものさ」
「そんなぁ……」
彼女の言葉がずしりと響く。
自分がどれだけ浅はかだったかを痛感する。
たかだか相手は魚。そう思っていたのだが、まさかライバルは人間、それも釣り人だなんて、夢にも思わなかったのだ。
「それに、河川の自然環境や由来する嗜好性もある。水生昆虫が多い川なら、やっぱり昆虫を利用したエサに反応することが多いんだ。お米じゃ穀物だし、魚肉ソーセージじゃ魚系のタンパク質だしな」
「でも、どんなものを使えば……?」
釣り姉はゆっくりとしゃがんで、川の流れに沈んでいる石を一つ手に取ると、その裏側を見せてきた。石にはウネウネと動く黒い虫の姿。
「これは!?」
「クロカワムシ、ヒゲナガカワトビケラの幼虫さ! たぶん、ここいらの魚のエサになっているだろうね」
「とにかく、こういった石ころの下に隠れている川虫を生エサとして使ったり、白サシやさなぎ粉を買ってきてエサとして使うといいかもしれない」
と、言い切るとため息をついて腕を組んだ。
「たかがエサ、されどエサ。もしそれで釣れなかったら、一回分の釣行をまるまる無駄にすることになる」
唇を結び、言葉を飲み込む。確かにそうだ。小物釣りは数を釣ってなんぼだと聞いている。たしかに、エサの吟味をしなければ、そのチャンスを自分から捨てていたのだ。
「それにだ、ボウズだったら初心者釣り人だって、悔いが残るだろ?」
そう言って、鞄からいくつかの袋が入ったジップロックを取り出した。
その中には、透明なパッケージに入った粉のようなものや、ワサビチューブのようなもの、さらには円筒型のプラスチックボトルまで、さまざまなエサがぎっしりと詰まっている。
「ライバルは多い、釣りには慣れていない。だから最初のうちは釣り専用のエサを使った方がいい。例えば、グルテン、ハエチューブ、そしてさなぎ粉だね」
袋を手に取り、感触を確かめた。思ったより軽い。
だが、
「エサって高いし、それに毎回全部使わないといけないんでしょ?」
「そんなことないさ。一パック高くて五百~千円ぐらいだからね。それにヘラブナみたいにタライ一杯に作る必要なんてない。相手は小さい魚だからね、ちょっとで十分さ」
そう言って、見せてきたのは直径三センチほどの蓋つきクリームケース。
「この小さいのは?」
「百均の化粧売り場にあるクリームケースさ! これに四分の一ぐらいのエサを作れば、二~三時間は十分遊べるのさ!」
黒髪をかき上げて、ポンと手をたたいた。
「付ける量も少量なら、作る量も少量。練りエサ一パックで一年間はもつから、そんなに高い買い物じゃないだろう?」
「た……、たしかに」
ひとつ息を吐いた釣り姉が、目を細めて言う。
「身近なエサに挑戦するのは、自分の釣りに工夫を加えたくなってからで十分。今はまず、いっぱい釣って、釣りのコツを掴むことが一番大事だよ」
その真剣さに、胸がじわじわと熱を帯びていく。ネットでは自信満々の言葉は、釣り場での現実に照らされると、しおしおと小さくしぼんでいくような気がした。
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| タナゴグルテン。 ガムボトルのようなもの入っている |
練り餌アレコレ
朝日が登ると、白い石が敷き詰められた河原はじわりと熱を帯び始めていた。
蝉の声は重なり合い、頭の芯にまで響くほど騒がしい。見つめた先の水面は真夏の日差しで中まで透き通り、小魚たちは水飛沫とともに無数のライズを生んでいる。
釣り姉は膝をつくと、ジップロックの中からエサの袋を次々と取り出した。その真剣な仕草に思わず見入っていると、その中から一つプラスチックボトルを差し出した。
「おすすめはこれ、タナゴ用のグルテンだな。すごく香りが強いんだ。ほら、ポテトチップスのコンソメみたいな匂いがするだろう?」
蓋を開いた瞬間、ふわりと食欲を誘う香りが広がった。鼻を近づけると、確かに市販のスナック菓子を思わせる濃厚な匂いが漂ってくる。
「ほんとだ……これなら遠くの魚も寄ってきそうだ」
「だろ? でも、おすすめな理由は他にもあるんだ!」
感嘆が自然に漏れると、釣り姉は満足そうに頷きつつ話を続ける。
「グルテンだから流れに強いし、密閉できるボトルだから携行性も抜群だ。おまけに、付属の計量スプーンもついてくるし、スプーン二杯で二時間は十分もつエサの量になるだろう」
――なかなか良さそうなエサだ。
「でも、欠点ってないの?」
「そうだなぁ、量が少ないし、ちょっと高いことかな。でも、一ボトルあればだいたい半~1シーズンはいけるよ。それと、魚が虫を追いかけているときは、ちょっとアピール力が弱いかなぁ。だから、そんな時はさなぎ粉を入れておいた方がいいかもね」
「さなぎ粉?」
「まぁまぁ、それは最後に話すから……」
次の袋を取り出して、粉末をオレの手に乗せてくる。指についた粉の香りを鼻ですんすんと嗅ぎながら口を開いた。
「これはジャガイモから作られているグルテンエサ。じゃがりこみたいな香りがするでしょ?」
「おお……ほんとだ」
次いで彼女は、もう一つの袋の粉末を手のひらに取り出すと、人差し指に少量を押し付け、鼻の下に持ってきた。
「こっちはサツマイモから作られたグルテンエサ。ほんのり甘い香りがするだろう?」
「ふんふん、ちょっとだけ、いい香りかも」
「こいつらは全部ヘラブナのエサなんだ。タナゴに比べるとちょっと香りは落ちるけど、値段も手ごろだし、さまざまなエサを混ぜて使いやすいんだ」
いくつもの香りが混ざり合い、鼻の奥がすっかり食べ物に支配されそうになる。川辺であることを忘れ、まるで市場の試食コーナーにでも立っている気分だった。
「こんなのもあるよ?」
と差し出されたのは、細長いチューブ。白地に青いラベルが貼られ、手に持つとひんやりしている。
「ワサビチューブ?」
「これはオイカワ用の「ヤマベチューブハエ」。バニラの甘い香りがするんだよ?」
キャップをひねり、指先に少量を絞り出すと、ふわっと広がる甘く香ばしい匂い。
「この、スイーツのような強い香りで、魚を集めるんだ。それと、柔らかさどうだい?」
「なんか、ジャムみたいな感じが……って、あれ? これ全然落ちないぞ」
ねっとりとしたエサが指に絡みつく。
驚いて声を上げると、釣り姉は得意げに笑う。
「ちょっと柔らかすぎるエサだけど、粘性があるから針から外れづらくできているんだ。ただし流れの速い瀬では流されてしまうこともある。だからキャストも丁寧にしないとね」
冗談めかして肩をすくめたあと、彼女はさらりと補足する。
「ちょっと緩いからね、ヘラブナ用のグルテンと混ぜれば、程よい粘度とフレーバーで使いやすいエサになるんだ」
最後に取り出されたのは、茶色い粉末が入った袋だった。乾いた匂いが鼻に残る。
「それで、これがさなぎ粉。カイコのさなぎを砕いたもので、昆虫食の魚には抜群だ。ただ……」
パッケージを振ると、ふりかけのようにカサカサと音を立てて中で舞う。
「見ての通りこれ単体じゃ使えない。本来これは、他のエサに混ぜるものなんだ。例えば練りエサとかね?」
袋を閉じると、再びカサリと乾いた響きを立てる。呆然と視線を向けていると、釣り姉はじっとオレを見つめ、やれやれと肩をすくめてみせた。
「とにかく、ここまで奥が深いのに、いきなりごはん粒だソーセージだなんて言ってるんだから、それは自分で難しくしてるようなものだよ」
彼女の苦笑いがこぼれると、自然と視線が落ちる。
その言葉は痛いほど正しいように感じた。
ほんの数日前に釣りを始めたばかりの自分が、基本をすっ飛ばして近道ばかり考えていたのだから。
釣り姉の声音は、次第にやわらかさを帯びていった。
「まずは釣れるエサで釣りを覚えて、そのあとに身近なエサで遊べばいい。エサ自体も高くないんだから。自分への先行投資だと思って買ってほしい」
真剣な瞳に見据えられた瞬間、胸に熱いものが突き刺さった。川辺の蝉の声すら遠のき、彼女の言葉だけが心に残った。
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| 大きな虫が出始める梅雨以降は、さなぎ粉が大活躍 |
結局釣りは難しい。だから意識手にハードルを下げるのは大切なこと
すっかり高くなった午前の日差しを浴び、川はさらに輝きを増し、風が水面を細かく揺らしていた。涼やかに流れる音には、どこか期待を煽るような高揚感が混じっている。
タナゴ用グルテンを慎重に練り、針先へ小さく丸めて取り付ける。呼吸を整え、川へ投入した。
着水からわずかの間もなく、ウキが激しく揺れ動く。
「んっ……!」
心臓が高鳴り、竿を握る手に力がこもった。ウキは小刻みに沈み、再び浮かび上がる。その動きは絶え間なく続き、全身を痺れさせる。
夢中で糸を見つめていると、足元の水面でライズが起きた。小魚が跳ね、こぼれたエサに群がっている。その光景を見た途端、胸の奥で気づきが弾ける。
「……オレ、自分でハードルを上げてただけか」
苦笑いがこぼれる。釣れないと嘆き、猫にまで笑われた自分が情けなくもおかしかった。
横で釣り姉が腕を組み、にやりと笑う。
「やっと気づいたみたいだね。まずはシンプルでいい。背伸びをするのはそのあとさ」
川風が頬を撫で、熱を帯びた体を冷ましていく。大きく息を吐き出し、川面を見つめると、流れは今までよりもやさしく映った。
まとめ
川釣りを楽しむときによく出会うのが、オイカワやウグイといった小型の魚たちです。彼らは雑食性で、自然界では水生昆虫や藻、水草のカケラなどを食べています。だからこそ餌選びの幅も広く、工夫しだいで釣果が大きく変わるのが面白いところです。
まず定番は、釣具店で手に入る練り餌。グルテン餌やさなぎ粉などは香りが強く、水の中で魚を寄せる力があります。特にグルテンは扱いやすく、少量でも長く遊べるので初心者にもおすすめです。ボトルやチューブに入った商品もあり、携帯性が良いのもポイントですね。
また、ちょっと上級者向けには生餌がおすすめです。川底の石をひっくり返すと出てくるクロカワムシや釣具屋さんで販売されている白サシなどは、魚にとってまさにごちそう。特に夏場は反応が良いことが多いです。自然環境に合わせた餌を選べると、釣りの奥深さをより感じられるでしょう。
もちろん、「手軽さ重視」でパンやごはん粒、魚肉ソーセージを試す人もいます。ただし、都市部の河川では釣り人が多く、魚もスレているため、簡単な餌では見向きされないこともあります。そんなときは、やはり専用の餌を用意したほうが安心です。
オイカワやウグイは身近な魚ですが、その分「餌の選び方ひとつ」で結果が大きく変わります。まずは市販の練り餌から始めてみて、慣れてきたら川虫など自然の餌にも挑戦してみるのがおすすめ。身近な川でも工夫次第で驚くほど釣りを楽しめるはずです。



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