釣り初心者に立ちはだかる「無精付け」
延べ竿での釣りを始めたばかりだと、仕掛けの取り付け方に悩むことってありませんか?
とりわけ、ビギナーに立ちはだかるのが、穂先と仕掛けの結び方。
ここをしっかりと結べないと、釣行自体が失敗となることさえあるのです。
今回は、そんな結び方を、ストーリーで紹介したいと思います。
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蝉が鳴き出したのは、ちょうど朝の7時を過ぎたころだった。
玄関の戸をくぐると、モワッとした空気が顔にまとわりつく。
肩にかけた竿袋と、背中に回したライフジャケットが、妙に重たく感じられた。
家から南へ、団地を抜けて5分。
そこには、思っていたよりもずっと立派な川が流れている。
両岸はコンクリートで固められていたけれど、豊富な水量が運んだ土砂のおかげで、
数百メートルにわたって自然の河原が広がりアシの林となっている。
川幅は15メートル近く、水はゆったりとした音をたてて流れている。
その表面は朝日を反射して、きらきらとまぶしいほどだった。
無精付け
夏のはじまり、釣りのはじまり
今年から高校生。
ついに、一人での釣行に許可が出た!
ここが、オレが一人で釣りをするデビューの川となる!
「一人で行くなら、ライフジャケットは絶対つけなさい?」
そう念を押した母の声が、まだ耳の奥に残っている。
父の許可した場所。
晴天で水位が上がっていない日。
ライフジャケットは着用。
母との約束はがんじがらめだが、なんとか初めて一人で釣りに来れたのだ!
釣具屋で勧められた3.6mの延べ竿に、400円の仕掛け。
合計3400円、オレには大金だ。
小遣いの半額を掛けた大冒険が、今はじまる!!
「……いくぞ!」
川べりに立ち、流れの緩やかな淵を見定めながら、息をのんだ。
竿袋を持つ手が少しだけ汗ばむ。
――パシャッ!!
「むっ! ライズ!!」
さっと延べ竿を出し、仕掛けを付けて、釣りバリにはソーセージ。
するりと送り込むと、ウキが水面を漂い、川の流れに乗って、じわじわと下流へと進んでいく。
胸の奥にじんわりと嬉しさが広がる。
(……お、いい感じ)
ウキはある一点を境に、ゆっくりと進む方向を変える。
釣具屋のお兄さんの声が頭をよぎった。
「流しきったら、仕掛けを振り込み直すんだよ?」
(あっ!これがそうか!)
そう思って、慌てて竿をあげる。
ところが――
「うえぇ……!?」
不意に竿から力が抜けた感触に、戸惑いの声を漏らした。
見ると、竿と繋がっていたはずのウキは遠く下流へと流され、あっという間に視界から消えてしまった。
「うわぁぁ、400円ロストしたぁ!?」
と、思わず頭を抱える。
そんなことを嘲笑うように、無情にも南からの突風が川面をさらさらと駆け抜けていく。
平らだった水面は、一瞬でざわめき、モザイク模様のように波立っていった。
わたしはただ呆然とその光景を見つめるしかできないでいた。
まさにその時だった。
釣り姉
「おい! クソガキ!!」
背中に鋭く突き刺さるような声が飛んできた。
驚いて振り返ると、真っ白なブラウスに麦わら帽子をかぶった女の人が立っていた。
腕を組み、顔をしかめて、オレを睨んでいる。
その視線に思わずすくみ上がる。
「川はゴミ箱じゃないんだ! 聞いてんのかクソガキ!」
思わずムキになって、叫び返した。
「クソガキじゃないし!」
彼女はそれを無視して、手に持っていたものを掲げて見せた。
「だったら、これは何なんだい!」
女の人は憤慨した様子で手を掲げると、厳しい目で睨みつけながら、さっと手を出してみせる。
何事かと見つめると、なんとさっき流されたばかりの、オレの仕掛け握られていた。
ウキに、オモリ、ハリス、釣りバリにはまだソーセージが付いている。
全てがきちんと揃っている。
彼女の細い指の間からは、道糸がたらりと垂れていて、 全てが、まるで、川に流したそのままの姿だった。
見覚えのあるウキに目を奪われて、小さくつぶやいた。
「あ……それ、オレの……」
「やっぱり、クソガキじゃないか! いいかい川はゴミ箱じゃないんだい!」
「ちがやい! ……その、外れちゃったんだ……」
自信のなさが言葉の端に滲んでしまう。
言いながら、つい目をそらした。
「ふーん、あぁ、なるほどね、もしかして坊やは釣りは初めてかい?」
からかわれたようで、悔しさがこみ上げた。
「坊やじゃないやい! オレには鯉太郎って立派な名前があるんだい!」
「ンハハハッ!……じゃあ聞き直そう。鯉太郎青年は、釣りが初めてかい?」
「お父ちゃんとなら何度か。一人は……」
「そう言うのを初めてって言うんだよ!」
――スパン!
「いで!?」
彼女の軽い平手打ちが後頭部を直撃し、声を上げつつ後ろを見ると、自分の推理が当たったとでも言いたげに、彼女は目を細めてにんまりと笑っている。
「だから、うまく仕掛けを述べ竿に取り付けられなかったんだね?」
その通りだ。ぐうの音も出ない。
だが、それを認めるのはなんだか恥ずかしい気がした。
「おっかしーなー……裏に書いてある通りにやったんだけどなぁ……、一投目で外れちゃんだよぉ」
責任転嫁をしつつ、肩をすくめて、地面を見ながら言った。
無精付けの手順
妙齢の女性はため息をつくと、急に表情を切り替えて笑みを浮かべた。
「しゃーねーな……わかった! あたしが今から教えてやるからよ? よく見ておけ?」
そう言うやいなや、竿を奪うとスルスルとたたんで、褐色の手のひらに穂先乗せる。
「まず述べ竿の先端は……お、しっかりコブになってるな」
「とりあえず、よくわからなかったから、片結びにしたんだけど……」
「ここのコブは解けなければどんな結び方でもいい、きっと問題は仕掛けの方さ!」
慣れた手つきで道糸を扱いつつ、説明を続ける。
「ほら、この大きい輪があるだろう? これをチチワっていうんだ?」
「ふーん」
「チワワじゃないぞ?」
「……」
「コホン! それで、大きなチチワ輪の中を通すように、道糸を引っ張ってくるのさ!」
「それでだな、今できた新しくできた輪にリリアンを通して」
「道糸がコブの横に来るようにゆっくりと、優しく、引っ張る!」
「この時、急に引っ張ったり、穂先以外の部分が竿から出ていると、竿が折れる原因になるから注意してくれよ!?」
「はぁ、オレもそうしたんだけどなぁ……。それが一投目で……」
「なんだい? ここまでは出来てたのかい? だけど、まだまだだね?」
「え……?」
ストンと胸まで落ちた黒髪をなびかせながら振り払うと、茶色く日焼けした肌から白い歯をのぞかせた。
「ワハハ! 結んだら仕掛けを付け終わったら、もう一度軽く引っ張って食い込ませるのさ!」
威勢よく言い放つと、やってごらんとばかりに竿を差し出してきたので、慌てて左脇に延べ竿を抱え込む。そして、言われた通りに仕掛けを引っ張ってみるのだが……
「こう?」
「わっ! そんなに引っ張り方したら穂先が折れちまうよ!? 左脇に竿、左手に穂先のリリアン、そして、右手に仕掛け。この状態でやさしくだな……」
彼女は手を添えて、優しく糸を引く。
その所作はまるで、長年の釣り人そのものだった。
軽く引いた道糸がピタリとコブで止まり、それを自分でも引っ張ってみると思わず声が弾んだ。
「……おぉ! 本当だ! しっかり食い込んでる!」
「外すときは、小さいチチワを引っ張るのさ!」
すらりとした弧を描く爪で、穂先からぴょんと飛び出た輪を引っ張ると、あれだけしっかりと食い込んでいたテグスがふんわりと緩んでいく。
「あぁ! すごい! ありがとう、釣り姉ちゃん……」
「な……! 勝手に名前を付けないでくれ!」
顔を真っ赤にして抗議する様子が、少しだけ可笑しかったが、目を閉じつつもどこか満足げなかおで微笑でいる。
「と、とにかく、これを“無精付け”って言うんだ、覚えときな!」
より強く取り付けるには?
「よし! 今日は特別に裏技を教えてやろう!」
そう言うと、釣り姉(ねぇ)は得意げに胸を張ると、仕掛けを一回ほどき、再び取り付け始めた。
「ここまで、さっきはここで1回しかリリアンを通さなかっただろう?」
「えっ、そうだけど……?」
「ここでくるりと回して、もう1回リリアンを輪に通すんだ! あとはゆっくり締めこめば……」
↓
「これで、ちょっとやそっとじゃ、外れなくなるはずさ!」
試しに引っ張ってみると、リリアンにしっかり食い込んで、前にも後ろにも動かない。
これならもう仕掛けをなくすこともないはずだ!
1つの技を吸収できたかと思うと、自分でも口角が上がるのがわかる。
そんな様子を見て、得意げに笑った。
「とにかく釣りってのは、常に勉強なんだ。その結び目も、硬く結べてても1時間に1回はチェックしておくれよ? 仕掛けが流されたら、元も子もないんだからさ!」
思わず笑って返事をした。
「は~い、わかったよ、釣り姉!!」
「だからあたしはそんな名前じゃないって言ってるだろ!」
手をパン、と叩いて、彼女は締めくくった。
「とにかく、今日はここまでだ!」
――ひゅるる!
彼女が話し終えると、南から突風がやってくる。
緑がしなり、水面は飛び散り、思わず目をつむる。
すると、目の前に釣り姉はもういなかった。
視線の先にあるのは、彼方へと飛んでいく白くて大きな鳥の姿。
あれは彼女なのだろうか?
夏の空はまっすぐに青かった。
まとめ
「無精付け(ぶしょうづけ)」は、延べ竿で釣りをするときに仕掛けを穂先に取り付ける簡単な方法のひとつです。名前から「雑で適当な方法?」と思われがちですが、実際はしっかりと固定できて、初心者にもおすすめの結び方です。
延べ竿の先端には「リリアン」と呼ばれる短い紐が付いています。その先端には小さなコブ(結び目)があり、ここに仕掛けをつなぎます。
無精付けでは、まず仕掛け側の大きな輪(チチワ)を用意します。チチワとは、糸の先を折り返して八の字結びをした輪のことで、この大きい方の輪にリリアンを通して取り付けていきます。
手順はシンプルです。
大きなチチワに折り返すようにして道糸通し輪を作り、その新しくできた輪に竿先ごとリリアン全体をくぐらせます。そして、穂先を軽く保持しつつ、道糸を引っ張れば、結び目がコブの根元に引っかかり、仕掛けが竿に固定されます。
このとき、最後に再度軽く引っ張って食い込ませることで、釣り中に外れにくくなるのでお勧めです。
また外すときは、リリアンの先にできた小さな輪を引けば、スルッと解けます。
さらに応用として、チチワにリリアンを一度通したあと、もう一度くるっと回して二重に通す方法もあります。こうすると食い込みが強くなり、ちょっとやそっとの力では外れなくなります。
ただし、どんな結び方でも釣行中に緩むことはあるため、1時間に1回くらいは確認すると安心です。
無精付けの魅力は、特別な技術もいらず、様々な仕掛けに利用でき、短時間で仕掛けを付け替えられる手軽さにあります。
初心者でもすぐ覚えられますし、川や池などで延べ竿釣りをする際には頼れる方法です。慣れてしまえば、準備の時間が短くなり、その分釣りを楽しむ時間が増えるはずです。





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